STAR became a real STAR.

 沖縄滞在中は、なかなかゆっくりブログが書けなかったので、さて、ちょっと書こうと 今朝起きれば… 梅雨の真夏日ということの次に知らされたことが、マイケル・ジャクソンの訃報。え??? まさか.. と思いながらも、ここまで生きたんだ、と十分にすごさを感じるところもある。得体の知れない大きなものがなくなったんだなぁ… と 亡くなったことはとても悲しいけれど、命の濃さがあるのだろうから。そして、それは思えば、十分に、遠くにいる、相手が誰かもしらないこの私にも、小さい頃から届いていたから。 それにしても、朝から いろんなことが思い出され、あらためて、小さい頃から、自分の日々のBGMにマイケルが欠かせないことを思う。ね…。
  音楽的な影響、世界中の人々に与えた感動、深い思いというのは、計り知れないけれど… ひとりの人間として大変だっただろうことは、誰もが容易に想像できるわけで..。 人生は、自分自身の思いと違う方向に向かうこと、それがその人の生きる使命になってゆくこと、それをどう捉えて、自分として 生きていくのか。考える。
 見える形としては、体が消えてしまったとしても、結局「生きている」ということは、体がそこにあるということ以上に、自分以外の人の心の中に生きていれば、何より ”生きている”ということにも思える。体をもっていても、生きている実感とはそういうところにある気がするから。 まさか訃報を 自分が生きているうちに聞くとは..と思うこと自体、実感がちっともないわけで、つまりは生きている、ということでいいのかもしれない。Thank you, Michael. STAR は、次はどこから、私たちを照らしてくれるのか。
“Human Nature” “Man in the Mirror “あたりを聴きながら、大事にしまっていた、親からもらったレコード『BAD』と私の生まれ年のアメリカ『LIFE』紙の表紙を引っ張りだした。いよいよ宝物。