幼なじみと記憶

 突然ですが、私は京都で幼稚園時代を過ごしました。ハワイから京都に。よって、最初に覚えた日本語は京都の言葉。ちゃんとした「記憶」で言うと、この頃のことがとても鮮明にあるような気がします。テレビアニメの「一休さん」が好きだった私、デパートで迷子になった時に、日本で”マーミィ”はないだろうという意識も働いたらしく、こんな顔して「母上様〜!母上〜!」と探しまわり、母が出てきにくかった、という頃です。そして、なにせ、小さい頃は移動の連続だった私、子供のくせにどこか旅人、幼なじみという存在がほとんどいないのですが、この勝人くんだけは、いつも写真に一緒に写っていた仲良しなのでした。入園式も、路地で遊ぶ時も、町のお祭りも、遊園地も。これは、どこだろう…?加茂川かな。 多分寒いんでしょう・・千歳飴的なものを抱えながら ずいぶんシブい顔をしていますが・・ちなみに、小さい頃(から?)私の方がやんちゃで、勝人くんはかわいい感じだったような・・記憶。。可能であれば、ちょっとだけでも 記憶を塗り替えたい気もするけど(^-^;)。幼稚園以来、ずいぶんと会っていなかったですが、親同士が連絡を取っていたので、なんとなく様子は知っていたり、(鼓や笛などの)お囃子が仕事の彼の舞台を見にウチの家族で出かけたり。そんな彼が、来月結婚するのです、おめでとうー♪ 彼女の朱音さんとは初対面、大人になった私たちは、食事を楽しみましたー。(二人とも、ワインもお肉もいける様子、よかったよかった。)
司会を仰せつかった私、結婚式の打ち合わせということもあり、青山のフレンチ『ランス・ヤナギダテ』で。シェフの粋なはからい、嬉しい。勝人くんは、お正月、実家から懐かしのアルバムを持ってきたと言って広げ、みんなで『あの時代はこうだったねぇ〜』と。やはり、今と違って、写真はカメラ屋さんで人数分 焼増オーダーだから、私のアルバムにある写真と、どれも同じアングル&表情で、あらためてビックリ。それぞれがデジカメなどで思い思いの記憶の風景を持っているだろう最近だけれど、一枚の写真を、複数の人が大事に愛でている感覚って、ちょっとイイなと思う。自分だけだと消えてしまいそうだったり、違ったかもしれないと思う過去の記憶も、他の人も覚えていたら、一緒にあぶりだして、根っこが温まるなぁと思って。