詩の世界とは


 久々に浅草に行ってきました。雷門から仲見世通りも夜の提灯あたたかく。 浅草木馬亭であった <谷川俊太郎と御徒町凧の朗読会>。
昼間は岡本太郎氏の芸術の世界に浸り、夜は谷川俊太郎氏と御徒町さんの詩の世界に浸り。いやぁ〜 刺激的。

さて、御徒町くん、すごいチャレンジをしていた。いろいろ考えちゃうんですよねぇ〜、という、今の彼のままがありながら、交互に横で 読む 谷川さんの詩に聞き入って目を閉じている様子あり。自分に悔しいのか 幸せなのか。「今朝、書きたてで、 そういうのは 恥ずかしい」と言いつつも、最後に読んでくれた一編が、 一番まっすぐに 響いた。それは、今日、谷川さんと、朗読をすることへむけて、谷川さんのことを読んだものだった。「やってる」というライブ感、ありがとう。

 谷川さんは、以前お会いした時に、その(見た目はもちろん)精神の若々しさに、一度驚いたはずが、今日は、さらに、詩に歌われる、視点の置き方、発想の豊かさに、愕然とした。本当に、同じ時代に生き、ご本人が作品を読んでいることが、すこぶる幸せだと感じた。(近々、本になったらゆっくり、読みたいのですが)『戦争と平和』と題していた詩は、戦争と平和を夫婦に見立てている作品で、かなり、後半へむけて、すばらしいストーリー。

途中あった雑談の中で、谷川さんが「言葉の力を信じていないんです。だから、書いている」というようなことをおっしゃっていて、
ちょっと意外で、胸に残りました。また「詩の世界は、日常と切り離されるものではない、と思っている」これも響きました。

谷川さんの詩に思ったこと。

逃避のためではなく、現実を生きるためのうた。
酔う世界ではなく、心を軽く清らかにする言葉。
はまる のではなく、かろやかに飛び立つためのもの。

原稿の〆切1ヶ月前には、大枠ができていないとダメだそうです。そこから、しめきり までは、ひたすら『推考』の時。これが、あの、削ぎ落とされた 身軽な言葉たちの誕生秘話のようです。

でも、そんな話をしながらも、会話も軽妙で ユーモラス。感謝。